先生、治してください。

みなさんこんにちわ。

まずはこちらのニュースを。

 

いつも手をつないで過ごした仲良し夫婦。同じ日に亡くなる。

2019/07/20 ABC News 

 

素敵なニュースですね。
今日は、僕が見た仲良し老夫婦の話をしたいと思います。

もう十年以上も前の話になりますが、医大の実習で、ドクターの往診について行ったことがあります。


着いた先は、海辺の小さな町にある、老夫婦が二人で暮らすおうち。


おじいさんは末期がんで、もうそんなに生きてはいられないけれど、旅立つ前に自宅で暮らしているとの事でした。

おじいさんは癌だけじゃなくて、認知症もありました。

おじいさんはほとんど寝たきりで、おばあさんがたくさんの世話をしていました。

おじいさんは、もうあまりまともでないようでした。
おばあさんの写真を、先生が盗んだと言って怒っていました。
「あれは大事な写真なんじゃ!返せ!」といって怒っていました。

おばあさんは、ニコニコしていました。
先生は困っていましたが、僕はなんだか良い気分でした。


先生が「いしみね君、車からバックを取ってきて」と言うので、僕は席を外しました。

荷物を持って玄関から中に入ると、廊下で先生とおばあさんが話をしていました。

おばあさんは泣いていました。
「私は最近、よくモノを忘れます。」

おばあさんはアルツハイマー病をかかえていたのです。
だんだん記憶が失われていく病気です。

おばあさんは言っていました。

「あの人の世話をすることは、全然苦痛じゃありません。
私はこれから色んな事を忘れていくんでしょうか。
あの人の体を拭いたことも、一緒に暮らしたことも、私は忘れてしまうんですか?
忘れることが怖いです。先生、治して下さい。」

はなんだか泣けてしまいました。
アルツハイマーは治せないんです。
進行を遅らせる薬はありますが、それも数年しか効果がありません。
いずれ、おばあさんは忘れてしまうのです。
忘れたくないと言っていた想い出も、おじいさんのことも、おばあさんは忘れてしまうのです。


先生は「それについてはまた今度考えましょう!」と言って出て行きました。
はまったく言葉が出ず、黙って頭を下げて先生の後を追いました。


あれから何年も経ちました。

 


たまにあの老夫婦の事を思い出します。
ボケてしまっても自分の妻の写真を、大切なんじゃ!といって怒ることが出来たお爺さんの人生。
絶対に忘れたくないといっていたお婆さんの想い出。
どんなものだったのだろうと想像するのです。

とても、あたたかい日々があったのでしょう。

そして僕は相変わらず、想い出を失う孤独を癒す言葉を持たないなと思うのです。